宮島街道名勝旧跡

2016/09/27 広島県廿日市市

「歴史散歩」72 ~広島県廿日市市/古いホームが残る「地御前海岸駅」

夏の営業、海水浴、管絃祭でにぎわう


「地御前海岸駅」・・・地御前神社前に今も古いホームが残る。
右下に見える、 右方向に少し傾斜のついた石垣が名残
 
 広島電鉄の前身となる会社は明治末期に設立、
 宮島線が敷設され始めたのは大正9年で、西広島から草津までが開通した。
大正13年には現在の草津から廿日市までが、
そしてあくる年には、廿日市−地御前間が開通し、宮島へ渡る客も広電を利用し始めた。

地御前神社

 
 ところが、地御前の駅から、
当時の宮島への船着き場があった現在の阿品東駅付近までは距離があったため、
宮島への客は地御前駅からそこまで歩くか、
宮島の宿『岩惣』が走らせていた自動車に乗っていた。
運賃は九銭だったという。

宮島への船着き場があったあたり

 
 さらにその次の年・大正15年には船着き場の近く、
現在の西広島バイパスの橋脚の西側下あたりで、
火立岩(ほたていわ)のあった場所まで数10メートルの場所に新宮島駅が作られ、
渡船の利便性は飛躍的に向上した。
その駅も現在の宮島口まで広電が開通すると、廃止されている。

 
 ところでその地御前駅と新宮島駅との間に、
幻の駅とも呼ぶべき駅があったことを記憶にとどめる人も少なくなっただろう。

 その駅は当時海水浴場だった地御前神社正面の海岸に行くために
夏季の二カ月間だけ営業した「地御前海岸駅」で、
臨時の駅だったために記録もわずかしか残っていない。

 
 管絃祭の時にはこの駅を利用する人が多く大変ににぎわったという。
 今では、時に置き去られた古くて低いホームが、
踏切の横で何も言わずに草花とともにたたずんでいる。
 
【学習共同体 河浜塾 河浜一也】

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