宮島街道名勝旧跡

2016/10/27 広島県廿日市市

「歴史散歩」73 ~広島県廿日市市/廿日市本陣跡

徳川家光の「参勤交代」のころ早々設置


廿日市市中央市民センター。右端に石碑が立っている

 
 廿日市の街を東西に貫く旧道は、江戸時代の西国街道だ。
その街の真ん中に、かつて郡役所があった。
のちに廿日市市中央公民館となり廿日市市中央市民センターへ。
今年(2016年)4月、建て替えられた。

石碑「芸州廿日市御本陣旧趾」

 
 その敷地内に、大きな石碑が設置されており、
「芸州廿日市御本陣旧趾」と刻まれている。
銘文の説明によると、敷地内に江戸時代の廿日市の本陣があったことを告げている。
実際には本陣は、この施設の東側の小路を挟んで隣接する土地にあった。
本陣ができたころには、
その敷地のすぐ裏は浜だったと考えられるが、その浜に至る大きな敷地だった。
現在は小分けされ宅地となっている。

 
 宅地化される際に敷地の角に据えられていた石碑は、
中央公民館に移設され、さらに中央市民センター新築に伴い現在の安住の地を得ている。

 
 廿日市の本陣は江戸時代の初期に、
徳川家光が参勤交代を制度化したころには早々と設置されており、
文献には「御休所」の名前が見える。
 設置されて間もなく、
廿日市の庄屋で鋳物師(いもじ=主にお寺の鐘をつくった)の山田家の所有となり、
幕末まで長く堂々の威容を誇っていた。
 二十四代にわたって鋳物師として活躍した山田家。
本陣は幕末の第二次長州征伐の芸州口の戦いの際の廿日市大火で燃え尽き、
その石碑のみが栄華の時をとどめている。
 
【学習共同体 河浜塾 河浜一也】

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