宮島街道名勝旧跡

2017/02/01 「歴史散歩」76 ~広島市西区

「歴史散歩」76 ~広島市西区/宇良安くの井口開道碑

小泉氏らが私費を投じて〜軍津浦輪物語


正面下が「井口開道碑」。 背景は広島井口高校。
石碑の前を井口高校の生徒が元気いっぱいに走っている

 年のはじめの例(ためし)とて、終わり無き世のめでたさを……。
 1893年に文部省唱歌として発表された
有名な「一月一日」という歌のはじめの部分である。
作詞者は、千家尊福(せんけ・たかとみ)。
幕末から大正までを生きた出雲大社の宮司。
貴族院議員であり、元老院議官にもなり、司法大臣や東京府知事なども歴任した。

 
 その千家の和歌を刻した大きな石碑が、広島市西区井口にある。
場所は、西区井口明神の井口高校北西の校地の外に当たる道路のほとり、
一般国道2号線・宮島街道の南側である。

 
 「宇良安く行きかう道をつくりしと 浜のまさごの尽きぬいさおや」。
 江戸時代まで井口の海岸線には道はなく、
人々は西国街道一の難所と言われた井口峠を通って、
現在の佐伯区方面に出ていた。
海沿いの低地を通って井口を過ぎる道は、
何度も付け替えられ現在に至っている。

 
 広島郷土史研究会の「軍津浦輪物語」によると、
小泉酒造の小泉甚右衛門氏ら有志が明治4年に協議、
同6年に許可を受け着工、9年にはいったん工事は完成している。

 
 石碑は明治10年に建てられたが、
その後数度にわたる道路の改良工事や鉄道敷設に伴う付け替え工事の都度に移設され、
後になって現在地を得ている。

 
 石碑の裏には、この道路の開道に私費を投じた方々の名前が記されている。
この大工事は官費によらずに成し遂げられたのである。
 
【学習共同体 河浜塾 河浜一也】

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