宮島街道名勝旧跡

2017/02/28 広島県廿日市市

「歴史散歩」77 ~広島県廿日市市/地御前の「地平天成」 国道開鑿碑

元号「平成」の出典   石碑は新道開削を記す 


右に石碑、 正面は地御前神社・・・地御前小学校の児童が下校中

 本年は、平成29年。もう30年が近くなり、時の流れの速さを感じる。
その平成という元号の出典となった言葉が記された石碑が広島県廿日市市地御前にある。
 
 その言葉は「地平天成」で、
地御前神社境内にある国道開鑿碑の上部に刻まれており、
揮毫は有栖川宮幟仁親王(ありすがわのみやたかひとしんのう)と伝えられる。
親王の第一王子は、戊辰の役の東征将軍であり、
宮島・厳島神社の扁額を揮毫された有栖川宮熾仁(たるひと)親王。
熾仁親王は、徳川家に降嫁された和宮親子内親王の婚約者だった人物としても有名である。
 石碑そのものは、
廿日市から地御前を通る海沿いの新道が開削されたことを記した石碑で、
碑の高さは293センチ。台座を含めると全体の高さは359センチにもなる。
幅は182センチ、厚さは40センチと堂々の大きさを誇る。

 
 前回(76回)で紹介した広島市西区井口の新道が民間の資金で作られた後、
宮内から四郎峠を越えていた江戸時代までの西国街道を海岸線の新道に替える計画は困難を極めたが、
結局、費用の七割を民間が、残りは官費で負担して道は開かれた。

 
 「地平天成」の文字の下に刻まれた説明文は、
広島藩の儒学者で後に厳島神社の禰宜も務めた河野小石の撰文、
頼山陽の孫の頼元啓の書による。
その説明文はその中で「それ事を為すは衆力」と語っている。
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】

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