宮島街道名勝旧跡

2017/05/13 広島県廿日市市

「歴史散歩」79 ~広島県廿日市市/大野の任助法親王の墓

 広島県唯一の天皇家の陵墓として

※写真提供はすべて「のすたる爺・赤崎さん」


 平成23年・2011年の、この西広島タイムスの連載に、
「任(仁)助法親王の墓」について書かせていただいたことがある。
場所は、広島市佐伯区三宅にある円明寺。
その境内に任(仁)助法親王の墓とされる大変立派な法篋印塔がある。


 ところが、この法篋印塔とは別に、彼の墓は他にもある。
 JR宮島口駅(廿日市市大野)を200メートル西に進んだ踏切の線路わきにある五輪塔がそれで、
正面に「厳島御室(おむろ)」とある。厳島御室は彼の呼称である。
 昭和のはじめ、この二つの墓をめぐって、学者の間で論争が持ち上がった。
本物の墓はどちらだろうかというのだ。

 
 任(仁)助法親王(にんにょほっしんのう)は、
戦国時代から安土桃山時代にかけての人。
法親王の法は出家して仏につかえておられることを表す。

 
 伏見宮貞敦親王の第四子で、奈良天皇の猶子となった。
猶子とは養子のようなものだが、
当時の養子は家督を継ぐ者として家に迎えることを表したのに対して、
猶子はそれを前提としない親子関係を結ぶもので、後見人のようなものだと考えればよい。
 後に、京都仁和寺の門跡(もんぜき)となり、
九州への布教の折に宮島の大聖院に立ち寄って逗留したとされている。
 昭和16年、宮内省は根拠を示さないまま、
廿日市市大野の墓を本物と決定し、広島県で唯 一 の天皇家の陵墓として現在に至る。
なお、位牌は、極楽寺山の極楽寺本堂に安置されている。
 
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】


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