宮島街道名勝旧跡

2017/05/15 「歴史散歩」79 ~広島県廿日市市/大野の任助法親王の墓

「歴史散歩」80 ~広島市佐伯区/楽々園の壱里標

元安橋から数えて三里にあたる


 広島市佐伯区の楽々園を通る西国街道は、
広電の軌道とJRの軌道の間を一筋に貫いており、
街道松が残る「松原道」として有名である。
その松原道を西に進むと三筋川に出る所に、傷だらけの壱里標がある。
 この壱里標は、江戸時代の西国街道が廃止され、
井口の井口峠や廿日市宮内から大野へ越える四郎峠を通らずに
海沿いを通る新道が整備された時に、
中区元安橋袂(たもと)の道路元票から数えて壱里標を建てたものの一つで、
この石標は、元安橋から三里にあたる。

 
 石柱には「壱里標」の文字のほか、
「これより西、大竹村大和橋詰標木まで六里十三町五十六間」
「これより東、広島区内元安橋東詰標木まで三里」とあり、
海老塩浜の寄進者名も刻まれている。

 
 石柱は一時期、行方不明となっており、
この場所には設置されていなかった。
石碑そのものが折れたとか、川中に落ちたとか噂されていた。
石柱には確かにいくつかの折れた跡があり、
痛々しい姿となりながらも現在は復旧されている。
この位置には、かつて三筋川を渡る御筋橋があり、
現在もその親柱が壱里標のすぐそばに建てられている。

 
 この道筋は江戸時代の中期以降の西国街道と道筋が重なっており
三筋川を渡ると川の西側を南下、隅の浜を通って廿日市へと入っていたという。
 
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