宮島街道名勝旧跡

2017/06/05 広島県廿日市市

「歴史散歩」83 ~広島県廿日市市/平良・宮内村境の碑

「是より西は宮内村」〜明治33年


 平良村村長と宮内牟田村長の名前が併記され、
両名立会いの上に建立されたと書かれた村境の石碑がある。
別の面には「是より西は宮内村」と刻まれ、
「明治33年12月31日」の日付もある。
 この石碑がある場所は、
西広島バイパスと木材港方面を結ぶ串戸陸橋の下、横断歩道のすぐ横だ。
近くには国土地理院設置の一 等水準点もある。

 
 串戸陸橋の下を東西に進む道は、
この陸橋が作られるときに削られた藤掛尾城のあった藤掛尾山の南側のふもとを通っていた道で、
廿日市と地御前を結んだいわゆる旧宮島往還で、
西側の角のアサヒナフルーツのところを西広島バイパス方面に上っていくと、
途中に藤掛尾城跡の標柱も見える。
 明治23年の町村制施行で生まれた宮内村と平良村。
その10年後にこの石碑は建立されており、
その時期に建てられたことに何らかの事情があったのかもしれないが、今となってははっきりとしない。
 
 もともと村の境は、
この陸橋を作るために削られた藤掛尾山の先端あたりであったと考えられるが、
後に山の形状は変わり、さらにその後、串戸陸橋が作られて、あたりは一変した。
そして、石碑は現在の位置に陣取る結果となる。

 
 今、石碑の存在は行きかう自動車の騒音にまみれ、
振り向かれることは少ない。石碑が少し傾いていることが、
なんとなく時の流れを感じさせる。
 
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】


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