宮島街道名勝旧跡

2013/09/09 広島市西区井口

「歴史散歩」13  広島市西区/井口峠

東海道の「箱根峠」と並び称された西国道の難所「井口峠」


江戸時代のはじめの頃の西国街道の随一の難所と言えば、「井口峠」である。
東海道の箱根峠、西国道の井口峠と並び称されるほどだった。

現在の広電井口駅から見えるJRの北側の道が西国街道として利用されるようになるのは、
江戸時代も後期のことで、それまで、この道のあたりは海岸線だった。
江戸中期になると、引き潮の時だけは通れる道となってはいたが、
峠の東にある「正順寺」の山門のすぐ前までが海だった。

西国街道は、このあたりから現在の井口小学校の方面へと山を登り、
海側の峠道は当時の姿をとどめている。
断崖の上の狭い道を、旅人はびくびくしながら通行していたに違いなかろう。

途中で海を見渡せば、すぐ足元の海に浮かぶ「小己斐島」があり、沖には「津久根島」が見えた。
西側には遠く「厳島の寝観音(ねがんのん)」が見える。

さらに進むと道は井口小学校の校地によって削り取られ、小学校の西へと繋がる。

そこには、小さな祠(ほこら)があり、「首なし地蔵」がまつられている。
この峠を通りかかった腕自慢の武士が、
力試しにと石の地蔵の首を切り落としてしまったと言い伝えられている。

西国街道は、さらに現在の井口鈴が台を突っ切る。
今は完全に宅地化し、当時をしのぶことはできないが、
井口鈴が台の派出所の裏手からおよそ100メートルほど東に、当時の一里塚の跡があり、
その地の公園の端に案内板が建てられている。

峠を通りきった旅人たちは、この一里塚で一息ついて、大きな深呼吸をしたのかもしれない。
腰を下ろして一休みする姿も見られたに違いない。

そんないにしえも時の彼方。閑静な住宅街は今日も静かである。


【学習共同体河浜塾 塾長 河浜一也】

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