宮島街道名勝旧跡

2017/08/30 広島市佐伯区

「歴史散歩」84 ~広島市佐伯区/佐伯区を通る西国街道

江戸の初期と中期で異なる道筋


広島市佐伯区楽々園の松原道

 江戸時代の主要道である西国街道。
江戸時代初期には、現在の八幡川にかかる八幡橋の上流数10メートルのところに
土橋がかけられていたという記録があり(行程記・都志見往来諸勝図)、
これを渡って西進すると五日市に入った。

 
 道をさらに西進。
五日市スイミングスクールの土地に沿って南へ進み、
江戸時代初期には松村呉服店西の三差路を北西方向に進むと
五つ神社・光禅寺の前を直進して五観橋を渡って廿日市佐方方面へと進んだ。
 
 五つ神社(左)と光禅寺

 
 ところが、江戸時代の中期以降は、
この松村呉服店西の三差路を南西方向に進み、
楽々園の電停北を通る松原道を通って三筋川に出て、
当時ここにあった三筋橋を渡って川沿いを南下、
美の里から廿日市に入り佐方中橋を渡って廿日市の町屋へと進んだ。

 
 佐伯区の現在の五日市1丁目を東西に通る旧道はこの西国街道の一部で、
楽々園の松原道と同じく、松並木が美しかったという。

 
 光禅寺の門前とこの道を結ぶ場所には旧五日市商店街があり、
昭和の時代には佐伯区で最も栄えた通りだったことは多くの住民の記憶に新しい。

 
 なお、広電宮島ガーデンの「もみじ本陣」(宮島口)や
「宮島サービスエリア 下り線」(山陽自動車道)などで現在発売中の
「宮島街道・昭和の絵はがき  楽々園編」には
今より多くの松が並ぶ松原道から光禅寺方面を望む昭和初期の貴重な写真も含まれている。
 
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】


「学習共同体 河浜塾」

 
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