宮島街道名勝旧跡

2017/11/02 広島市佐伯区

「歴史散歩」87 ~広島市佐伯区/八幡 城山物語 2

 それは五葉院光禅寺祐覚という僧侶


前回に続き、広島市佐伯区八幡の「城山(じょうやま)」について…。
 この城山の城は、一般に「池田城」と呼ばれている。
池田城の最初の主は、池田教正という人物である。

 
光禅寺
 
 この池田氏は大阪の池田市にある池田城を治めた池田氏でもあり、
教正の七代のちに当たる池田恒興(つねおき)の母は、
あの織田信長の乳母をつとめたため、
恒興は信長の乳兄弟に当たり信長の家臣として活躍した。
また、後裔(こうえい)の 一 族は
江戸時代の岡山池田藩、鳥取池田藩となり、この池田氏とは同祖となる。

 
 では、なぜ、
その池田教正が大阪からはるかに離れた佐伯区に住むようになったのだろうか。
これを紐(ひも)とくのに触れなければならない人物がいる。
それは五葉院光禅寺祐覚という僧侶(そうりょ)である。

 
 祐覚は、
現在の五日市の町屋形成の中心に位置した光禅寺の三代目の僧侶である。
江戸時代までの五日市は、もともと光禅寺の門前町として発達したと考えられており、
江戸時代には五日の日の市も光禅寺の門前に立てられていたという。

 
 光禅寺祐覚は、比叡山にて修行中に鎌倉時代から室町時代への動乱期を迎え、
比叡山の数千の僧を率いて終始後醍醐天皇に御味方し、
手柄を重ねたことが太平記に書かれている。

 
 南北朝の時代にはその光禅寺は五葉院という名で、
城山と城山中学校の間の蔵谷にあったのだ。
 さて、池田教正がここに移り住んだ理由については
次稿をお待ちいただくこととする。
(つづく)
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】
※この「八幡  城山物語」は6回シリーズです。

 
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