宮島街道名勝旧跡

2017/11/08 広島市佐伯区

「歴史散歩」89 ~広島市佐伯区/八幡 城山物語 4

祐覚を見いだしたのは楠正成だった…

 八幡城山(じょうやま)物語の四回目。
佐伯区八幡の城山について、
前回は最初の城主池田教正が実は楠正成の孫だったことについて書いた。

「五葉院」はこのあたりにあったと思われる(写真左)。左手奥に城山中学校。
右は、楠正親夫人の墓と伝わっている

 
 また前々回、この地にあった、
光禅寺の前身五葉院の祐覚が、南朝方として活躍したことを書いた。

 
 さて、この二人のつながりだが、実は、
当時比叡山の延暦寺で修業しながら働いていた祐覚を見いだしたのは誰あろう、楠正成なのだ。

 
 祐覚は、ちょうど大阪の寺で勉強中に正成と出会う。
正成は、そのさわやかな弁舌と機知に富んだ行動を認め、
その後、来客の接待を依頼したり、物事の交渉に当たらせたりした。
また、南北朝の騒乱の実際の戦いにも僧兵を率いて参加し、
その活躍の様子は太平記に何カ所にもわたって記載されている。

 
 その祐覚のいた五葉院を中心に結束する南朝方にとって、
湊川の戦いに散った正成の孫であり、
四条畷の戦いに倒れた正行の遺児は、
この上ない旗頭になったに違いない。

 
 さらにこの五葉院には、
一族を頼って楠正親の夫人も移り住み、晩年を過ごした。
その墓は蔵谷に建てられたが、現在は、
城山中学校校地南の崖(がけ)下の墓地に移設され、
後裔(こうえい)を名乗る一族に守られている。

 
 古老の話によると、
その末裔は後にその土地を守る一族と
武器や所縁の大歳神社を守る一族に分かれたというがその記録は残っていない。  
(つづく)
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】
※この「八幡  城山物語」は6回シリーズです。

 
「学習共同体 河浜塾」
 
広島市佐伯区八幡4-14-23    (082)928-9370     www.kyodotai.com