宮島街道名勝旧跡

2018/01/16 広島県廿日市市

「歴史散歩」94 ~広島県廿日市市/むかえ地蔵

 今も「お迎え」に立ち続けている



むかえ地蔵は、広島県廿日市市のJR宮島口駅から
国道2号線・宮島街道を西方面に行くと、
次の踏切の北側の任助法親王の御陵の裏側の延命寺へ続くトンネルの西に立っている。

 
 もともとは宮島口側の「赤崎」の海中の岩に立っていたと言われ、
満潮時には地蔵の足元も海水につかっていたという。

 
 宮島は古代から「神の島」として、島そのものが信仰の対象とされていた。
したがって、宮島の島民には島を傷つけないようにしたり、
穢(けが)れを遠ざけるいろいろな慣習が伝えられている。

 
 例えば、古い時代には島に鍬(くわ)を入れることは
ご神体を傷つけることなので禁止され、島内で作物を作れない。
そこで、対岸に向かって模型の船を流して、対岸の五穀豊穣を祈る祭りが「たのもさん」だ。
 島内への死者の埋葬も許されておらず、
したがって、宮島島内にお墓は無い。
多くの場合、宮島口の延命寺に埋葬されている。

宮島口の延命寺
 
 遺体を厳島神社の裏をまたぐように通って移動することも許されていない。
東町で亡くなると東の桟橋から、西町で亡くなると西の桟橋から船に乗せて対岸へと運ばれる。

 
 その船を海中で出迎え、導く地蔵が、この「むかえ地蔵」だったのだ。
地域の古老の話によると、
その際遺体を乗せた船はこの地蔵の周りを何度かまわって、
お祈りをしてから上陸していたという。
 地蔵は、宮島で亡くなった人の魂が浄土へ行く道を迷わないようにと今でも、
お迎えに立ち続けているのかもしれない。
 
 
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】
 
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