宮島街道名勝旧跡

2018/04/23 広島市佐伯区

「歴史散歩」96 ~広島市佐伯区/八幡の三戦役記念碑

三戦役とは「日清 ・ 北清事変 ・ 日露」


八幡川西河岸の県道脇にある「三戦役記念碑」
 
 広島市佐伯区、八幡川の西河岸の県道を北上すると、
八幡(やはた)神社から200mほど北に行った県道脇に
「三戦役記念碑」という旧八幡村が建立した碑がある。

 
 ところで三戦役とは、どの戦いを指しているのだろうか。
 普通、三戦役と言えば、
明治から大正にかけて日本が参加した日清・日露・第一次大戦と思うだろうが、
第一次大戦が始まるのは大正三年、終わるのは大正七年である。
ところが八幡の碑には「大正二年八月建之」と記されている。
すなわち、碑が建てられた時には、第一次世界大戦は、まだ始まっていない。

左肩に「大正二年八月建之」と記されている

 
 それでは三戦役とはという疑問をもって、
風化花崗(こう)岩でできた碑の裏のほとんど消えそうな記録を丹念に読み込んでいくと、
碑文上部には日清戦争(碑文では日清戦役=明治二八年)の戦没者、
右側に日露戦争(碑文では日露戦役=明治三八年)の戦没者、
そして左側に北清事変(明治三三年)の戦没者名が刻まれていることがなんとか読み取れる。

 
 北清事変は、植民地化されていた中国(清)で、
とくにヨーロッパを中心とする外国を追い出して、
真の独立を回復しようという勢力が反乱を起こし、
ヨーロッパ勢力の連合軍に鎮圧された事件で、
一般に義和団事件とか、義和団の乱とも呼ばれている。
日本は連合国の1国としてこの戦いに参加しているのだ。

 
 三戦とは、日清戦争・北清事変・日露戦争の三つの戦いだったのだ。
なお、五日市の光禅寺境内にある「三戦役紀念碑」も同様の碑である。
 
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】
 
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