宮島街道八景

2018/11/20 「歴史散歩」101 ~広島県廿日市市/大野の万葉歌碑

「歴史散歩」101 ~広島県廿日市市/桜尾城の元清とその妻の物語 (1)

元清は元就の四男、 波乱万丈の武将


廿日市随一の名刹「洞雲寺」

 毛利元就の「三本の矢の教え」は、
元就が三人の男子に対して残した教訓ということで大変有名だ。

 その三人の男子とは長男・毛利隆元、
二男・吉川元春、三男・小早川隆景の3人で、
いずれも吉川家から嫁いだ妻・妙玖との間に生まれた子である。
この妙玖が亡くなるまで、元就は側室を置いていない。

 
 妻妙玖が亡くなるとその後、継室や側室を迎えている。
そして、その間にも子供をもうけており、
妙玖が産んだ長子から側室との間の末子まで13名の子があったと考えられている。

 
 これらの子の多くは他家に養子に入ったり、
政略結婚したりということで時代の表舞台で語られることは少ない。

 
 その1人、
妙玖の亡きあと2~3年で元就に嫁した通称「乃美の大方」との間にできた元就の四男・毛利元清は、
元服の後、毛利氏のほとんどの戦いに参加し、大車輪の活躍をした武将だ。
 1569年に元就から廿日市の桜尾城を与えられ、1572年頃入城、
1597年に桜尾城で亡くなるまで、この城を領有した。

 また、村上水軍の一翼を担う来島村上氏から元清に嫁ぎ、夫と共に生き、
夫を支えて戦乱を乗り切った元清の妻も桜尾城で暮らした。
2人の波乱万丈の人生は400年以上前に終わり、
今は、廿日市随一の名刹「洞雲寺」に静かに眠っている。
 その生前の道をひもとく物語は次回以降に続く。
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】
※さあ、「101回目」の始まりです。4回連続掲載の「愛の物語」です。

 
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