宮島街道八景

2018/11/20 広島県廿日市市

「歴史散歩」102 ~広島県廿日市市/桜尾城の元清とその妻の物語 (2)

元清22歳、妻16歳で桜尾城入城

 毛利元清とその妻の物語の2回目。

 毛利元就の13人の子供のうち10人は男子だが、
正妻の3人の子以外は冷遇された。
ただ、有名な「三子教訓状」には、
「賢く成人するものがあれば、いずれの遠境などにでもおいてほしい」と依頼して、
元就の愛情の一端を見せている。

 
 四男・元清は後添えの「乃美の大方」との間にできた子で、
18歳の時、12歳の村上通康の娘をめとっている。

 
 村上通康は有名な村上水軍に属する武将で、
因島村上氏・能島村上氏・来島村上氏の三家に分かれた村上氏のうち、
急流難所で有名な来島に本拠を持つ来島村上氏の当主で、来島通康と呼ばれることも多い。

 
 元清の初陣は19歳というから結婚後、間もなくのことである。
九州での戦いへと送り出した妻だったが、
これは、その後の戦いに明け暮れする人生のスタートにすぎなかった。

 
 同年中に岡山に転戦。
宇喜多氏に従う諸城の攻略に参加し、
元清は一時撤退をしながらも結果として良い働きを見せている。

 
 1572年には、元就より与えられていた桜尾城に入城、元清22歳・妻16歳。
 ところが城を与えた元就は入城の前年亡くなっており、
後添えだった「乃美の大方」も同年に、末弟(のちの小早川秀包)を伴って桜尾城に入城、
さらに同年、元清の長男・宮松丸が誕生し、桜尾城は一気に晴れやかな時を迎えたのである。
             (つづく)
【学習共同体 河浜塾 河浜 一也】

 
「学習共同体 河浜塾」
 
広島市佐伯区八幡4-14-23    (082)928-9370     www.kyodotai.com