宮島街道名勝旧跡

2013/09/14 広島市佐伯区楽々園

「歴史散歩」17  ~広島市佐伯区/楽々園の松原道

幕末、肥後細川藩の大名行列が休息したという

広島市佐伯区楽々園。
広電楽々園駅の裏に、広電の軌道とJRの軌道に挟まれた一筋の道がある。
この道は、江戸時代末期の西国街道である。
この辺りの道は特に「松原道」と呼ばれ、道の両側にたくさんの松が見事に植えられていた。
道の海側には広大な海老塩浜が広がり、さらに海を臨めば、宙に厳島の寝観音が浮かぶ。
海岸に繰り広げられる当時の素朴な風景は、
現代人から見ると絶景といってもいい風景だったのではあるまいか。


江戸時代の中期までの西国街道は佐伯区を西進し、
五観橋を渡って佐方から廿日市へと入っていた。
江戸時代末期になると
現在の養神館病院のあたりを五日市陸橋方面に南下、海老塩浜に出会って松原道へ出た。
さらに、西へ進んで三筋川に出会うと
当時そこにかかっていた「御筋橋」を渡って川沿いを南下して廿日市へと進んだ。
橋は今はもうないが、その橋の一部だった御筋橋と刻まれた石柱が今でも残っている。

幕末のころには、肥後細川藩の大名行列が、廿日市の本陣に宿泊した後、
この松原道に行列を止めて待たせたまま、三宅の円明寺を訪れて、
仁助法親王の墓と伝えられる宝篋印塔にお参りしたという。

松原道の名の通り、現在でも当時の街道松が残されているが、
その数は年々減っており、地域の方々のご努力をよそに、残るは三本のみとなっている。

往時の面影を残しつつ、松原道という異称が消えることのないことを祈るのみである。


【学習共同体河浜塾 塾長 河浜一也】

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