宮島街道名勝旧跡

2013/09/29 広島市佐伯区

「歴史散歩」21  ~広島市佐伯区/塩屋神社と湯蓋道空社

源義経が沖の船上から戦勝祈願か



広島市佐伯区の五日市の港の近く、
海老山西側のふもとにある神社が「塩屋神社」だ。

かつてこの神社は海に面し、鳥居も海中にあった。
平安末期、壇ノ浦の戦いに赴く源氏の白旗の軍船が、
この沖に船を止め、船上から戦勝祈願をしたと伝えられており、
平安時代にはすでにこの地に鎮座していたらしい。
時期から考えると、
この軍船を率いたのは、かの源義経とも考えられると言われている。

五日市沖の埋め立てにより、海岸線ははるかに遠のき、
かつては港の入り口にあった青い光の灯台も今はない。

塩屋神社は良縁を結ぶ神として信仰を集めており、
「けやき坂」と呼ばれる坂を上がると、拝殿の前にけやきの大木がある。

その木の後ろ側に回って枝を見ると、
まるで人差し指と親指でOKのマークを作っているように見える。
境内には、かつて港の西側にあった竜宮神社が移されており、
竜宮城の乙姫様をお祀りしている。

さて、老朽化のため、建て直す準備に入って現在は撤去されているが、
湯蓋道空社という社(やしろ)が塩屋神社と回廊でつながれていた。

湯蓋道空は室町時代の人物と考えられ、
厳島神社の中の客(まろうど)神社の改修に多額の寄付をしたり、
湯蓋という地名が残るほど、地域の発展に大きく尽力したと言われている。

この湯蓋道空の子どもが、
親の言うことを聞かなかったという伝説の主人公「あまんじゃく」こと、道裕である。

道空は海老山に自分の墓を建ててほしかったのだが、
息子道裕が親の言うことを聞かないので、
佐伯区唯一の島「津久根島」(下の写真・3キロほど沖にある)に建てるように遺言する。
すると道裕は遺言くらいは守ろうと津久根島に墓を建ててしまう。
道裕の建てた道空の墓は、津久根島で、今でも瀬戸のさざ波を見おろしている。


【学習共同体河浜塾 塾長 河浜一也】

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