宮島街道名勝旧跡

2013/10/01 広島市佐伯区三宅

「歴史散歩」23  ~広島市佐伯区三宅/源範頼の伝説

秘史いだいて流亡、この辺土に眠る


源範頼(のりより)の墓が広島市佐伯区にあるの?
えーっと何度言われたことか。

実は、そう伝えられる墓は確かにあるのだ。
場所は、広島工業大学のすぐ東、養護老人ホーム喜生園の横だ。
源範頼の墓と伝えられる墓は全国各地にあり、近くでは広島市西区庚午にもある。

平家討伐にあたった源範頼は、
弟の義経の活躍があまりに華々しかったせいで平凡な武将と思われがちだが、
実は大軍の統制をとり、
兵糧を調達しながら苦労して山陽路を進軍、着実な成果を上げており、
壇ノ浦の戦いの時にはすでに九州へと渡っていて、背後から下関へと進軍の予定だった。

西進の折、佐伯区にも逗留しており、
石内の山中には「源氏大休みの壇」という地名も残っている。

通説では、壇ノ浦の後、義経同様に、兄頼朝から疎まれ、
伊豆の修禅寺で殺されたことになっており、墓もある。
ところが当時の記録は、範頼が捕まえられたところで終わっており、
亡くなったところまでは描かれていない。

五日市に伝わる伝説によると、
範頼は、頼朝の追捕を逃れ、瀬戸内海を西へ航行中、
五日市沖で落命、遺骸をこの地に埋めたという。
当時この墓のある山は、海に突き出した岬だったことは間違いない。
この山は源氏の御曹司(おんぞうし)の眠る「御曹司山」と呼ばれている。

墓に掲げられた説明はどなたの文章かは知らないが、
時代を背負った武将にふさわしき、かく語る名文である。


「墓石は奇しくも仇敵平氏の守護神厳島神社に向している。
(中略)残夢八百年源家の武将、源平の秘史をいだいて遠く流亡、この辺土に眠る。
塔頭いたずらに苔むし、訪れるはただ風雪松籟にすぎず。」


【学習共同体河浜塾 塾長 河浜一也】

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