宮島街道いまむかし

2013/11/10 

プレイバック・タイムス ~ 平成8年 おりづる大会ひろしま

プレイバック・タイムス7 西広島タイムス 平成8年11月1日号から

 

第32回全国身体障害者スポーツ大会「おりづる大会ひろしま」が、
ひろしま国体のあとを受けて、平成8年10月26(土)、27(日)の二日間、広島市で開かれた。
応募3千作品の中から選ばれた大会名「おりづる」には、
「健闘を祈る」気持ちと「平和を願う」心が込められていた。

延べ8千人のボランティアが大会の裏方を務めた。
大会終了後の「後夜祭」には、関係者以外の市民も多く集まった。
そういうことが一番うれしい大会だった。
鶴の折り紙は、小さく畳まれて、翼を支えている。

          ※

「おりづる大会」の開会式が10月26日(土)、広島市安佐南区の広島ビッグアーチであった。
選手入場には、この大会ならではの温かさがあった。
観客2万人が、行進の間、小旗を振り続けて迎えた。
整列すると、ボランティアの少年が椅子を持って選手に走り寄った。
「かがやく未来を信じて…」-聞き取りにくいけれど、
アーチ内の空気が震えるような懸命の選手宣誓に、拍手がやまなかった。

炬火が運ばれ、スタンドに巨大な「おりづる」が出現した。
皇室からは皇太子ご夫妻が出席された。
皇太子殿下は「楽しい思い出をつくられることを期待しています」と述べられた。

    ※

←コンパニオンが手話で選手宣誓を観客に伝えた
 

国体は、健常者の中でも選ばれた人たちが競う大会だった。
「おりづる大会」は、歩くこともままにならない人たちが、なにものかを主張する場だったろう。
言いたいことはなにだったのか。
選手宣誓をした立岩由紀さんの、不自由な言葉のように、それは、聞き取りにくいものに違いない。

聞き取りはにくいが、どんな名言よりもどんな名調子よりも、
立岩さんの誓いの言葉が人々の心を強く揺すったように、
理解しようとする耳目で接すれば、彼女彼らのメッセージは伝わってくる。

ヒゲの上田さんを想う。
自由の利かない子どもたちに、誰よりも厳しく接していた。
その何十倍ものやさしさで、死の際までそばを離れなかった。
「誰も恨むなよ」と語りかけられる人だった。

「私は、かけがえのない私だから…」
「かがやく未来を信じて…」と宣誓した。
机上の美辞麗句だけで、この大会を表現してはいけないと思った。


~プレイバック・タイムス ~ 宮島街道周辺の歴史を当時の西広島タイムス紙面から振り返ります。