宮島街道いまむかし

2013/08/15 

あの時の出来事、あの人のひと言~五日市東学区まちづくり推進協議会理事長・久保田 詳三さん

幼い頃の川遊び「リバーマラソン」へ




魚を追いかけ、川は走るものだと思っていた。
海水浴に行こうとして国道2号線を渡るとアスファルトがゆるく沈んで足型が残った。
「サンダルがあまりなかった頃でね、私は裸足だった。熱くてね、タタタタッと横切ったら足跡がついていた」。
小学4年生。昭和が30年になろうとしている時代だった。


 

国道に足跡が残った
 

佐伯区皆賀の自宅の前を八幡川が流れていた。
広電「鈴峯女子大前駅」横の八幡川橋が足型が残った国道2号線、宮島街道。そのあたりから川に入った。
そこはもう海で海水浴場なのだが、走っては魚を追いかけた。
追いかけて魚が弱ったところを手で捕まえた。娯楽が少ない時代に少年はどれだけ川で遊び込んだか。

「川と言ったら魚を追いかけた記憶しかない。
川は走るものだと思っていた」。
楽しくて仕方なかった川遊びのあの時の体験が佐伯区に大きな足跡を残すことになる。

 

津久根島に墓はあり
 

昭和44年、五日市町役場に就職し同55年経済課商工観光係。
八幡川河口の真正面に浮かぶ津久根島。
「墓は本当にあるんですか」と課に問い合わせが入る。
五日市の人間なら誰でも知っている「あまんじゃく伝説」だが、
八幡川で正面に見ながら遊んでいた頃は「墓はないんじゃろう」あれはお話だからと思っていた。
観光写真展を企画してカキ業者の方に頼んで連れて行ってもらった。
お墓は確かに立っていた。


 

毎年8月に開催
 

商工観光係で観光行政に携わっている時、広島県が「SunSunひろしま」という大型観光キャンペーンを張った。
自治体ごとに県外からもお客様を呼べるイベントを開発しようと。

キーワードは自然。
ピンと来た。
「八幡川の中を走るか」。
係長として実現の可能性を探った。

すでに始まっていた八幡川クリーン作戦とドッキングさせることで昭和59年、開催を果たした。
八幡川リバーマラソン大会は平成23年、全国表彰の「第3回地域・スポーツ振興賞」の最優秀賞に輝いた。
27回を数える事業の継続性、河川の清掃とスポーツのユニークな組み合わせ、環境への配慮、地域の独自性などが高く評価された。

楽しかった子どもの時の体験と職員として描いた方向性が見事に結実した。



 

久保田 詳三(くぼた・しょうそう)さん

五日市中央公民館館長などを歴任して平成19年広島市を定年退職。
その後も地域の発展、安全安心に精力的に取り組んでいる。
五日市東学区まちづくり推進協議会理事長などボランティアの役職は多数。

昭和22年1月16日生まれ。